世界の謎発見

台湾人男性とのスピード結婚。出会いから結婚までの経緯

 

 台湾人男性と結婚をし、2017年4月から台湾で暮らしている日本人妻です。台湾人男性との結婚といえば、卓球の福原愛さんのおかげで以前より身近に感じることができるのではないでしょうか?嬉しい限りです。さて、福原選手たちは卓球を通じて知り合い、結婚をしていますが、私たちはどうやって出会い、結婚をしたのかを紹介したいと思います。友達には思い切ったねーとかスピード結婚だねーと言われています。

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出会いはフィリピン、セブ島での語学留学

 2015年に4年勤めた会社を退職し、以前からの夢だった語学留学へ行くことに。そこで出会ったのが、後に私の旦那様となる台湾人の彼でした。当時私は26歳。同じ学校に1カ月遅れで入学してきた2歳年下の彼とは、共通の友人を通じて一緒にナイトクラブへ行った時に知り合いました。

 そのナイトクラブで、ある事が起こりました。その出来事とは、私の靴が壊れたのです。どうしよう、これじゃ歩くこともままならないな、と思っていると、彼が私に「一緒に靴を買いに行こう?」と提案してくれました。その時点では、自己紹介しただけで、会話を特にしていませんでしたが、自己紹介の時点で、“可愛い顔だな~タイプかも“と思っていたので、彼の提案に甘えることにしました。一生懸命靴を探してくれる彼。そしてやっと靴が見つかり購入したのですが、そこで彼が急にひざまついて「はい」と、靴を履かせてくれるではありませんか。そんなこと一度もされたことがないので、かなりドキドキする私。

 そして彼から「ちょっと散歩してから戻ろうか」と提案が。気候もよかったので、彼の提案に乗ることに。しかし、履きなれない靴のせいか、靴擦れが起こってしまいました。痛いなと思いながら歩いていると、彼が急に前に出て、しゃがんでいます。なんだ?と思っていると、「足痛いでしょ?おんぶ!」と言っておんぶしてくれました。優しい!と思う反面、これらの行為から、私は、絶対この人プレイボーイだ!と思い、連絡先を交換したものの、翌日から距離を置くことにしました。

出会ってから一週間、付き合うことに。

 しかし、冷たくしても彼はいつも話しかけてきてくれ、ナイトクラブから一週間後、一緒に夜ご飯を食べに行こう、と誘ってくれました。この時、私は「友達になるくらいならいいかも」と思い始めていたので、一緒に出掛けることに。英語を学ぼうと思ったきっかけから過去の恋愛についてなど、たくさん話をしました。

 そんな中、ふと時計を見ると・・・23時を過ぎているではないですか。私たちの学校は寮が併設されていて生徒はみんな寮で生活しているのですが、門限があり、23時を過ぎると翌朝5時まで学校に入れなくなります。やばい、やってしまった・・・と思い、彼に「23時過ぎちゃったよ。どうする?」と尋ねると、「歩きながら話そうか。」と。レストラン近くをふらふらしていると、ベンチがあったので、そこに座って話すことに。しかし、酔っていたこともあり、話題が見つからず、沈黙か続く中・・・突如彼が私の手を握ってきました。この時点で私は彼のことを気に入っていたので、握り返し、そのまま5時を迎え、学校に帰りました。

 そして翌日彼から「僕は君が好きだよ。手を握ったのは酔っていたからとかじゃない。君はどう?酔っていたから?」とLINEが来ました。もちろん私の返事は「違うよ、私も好きだよ」こうして私たちは付き合うこととなりました。

卒業後遠距離恋愛がスタート

 付き合ってから2カ月、楽しく過ごしていましたが、私の卒業が迫ってきていました。卒業する1週間ほど前、彼からLINEが届きました。「もうすぐ君は僕を置いていって日本に帰ってしまうね。僕たちはまた会えるのか分からない。だけど、僕は君をとても愛しているよ。僕たちそれぞれがお互いの国に帰っても、付き合っていけることを望んでいるよ。」と。彼がいかに私を真剣に思ってくれているのかが伝わりました。

 いよいよ私は卒業を迎え、日本に帰り、彼はセブにもう1ヵ月残りました。ついに遠距離がスタート。卒業する際に月に1回は必ず会おう!と約束をし、彼の卒業後は日本と台湾を交代で行き来しました。しかし、会えるといっても1ヵ月に3日程度。ほとんどの時間は遠距離でした。そして、何と言っても遠距離×台湾人男性の相性はかなり悪い。今まで外国の方とお付き合いをしたことがなかった私ですが、遠距離がスタートした途端驚きの連続でした。特に台湾人男性の特徴かもしれませんが、束縛と嫉妬がすごい!比較的男友達が多かった私は、男の子と1対1で出かけるなんて普通でしたが、「二人きりなんて絶対だめ!出かける時は、誰と会っているかテレビ電話で確認するから!」そして電話に出ないと「なんで?怪しい!」と言い、何十件と電話がかかってきました。そして、男友達のことで喧嘩に。こういった付き合い方に全く慣れていなかった私には、とても辛かったのですが、台湾人男性からすると、彼氏がいるのに男友達と二人きりで出かける彼女は珍しいそうで、お互い理解にとても苦しむ毎日。また言葉や文化の違いでの衝突もしばしばありました。しかし、喧嘩を通し、徐々にお互いを理解できるようになっていきました。

友人のポーランド人の言葉がきっかけで結婚を決意

 なんとか関係を保っていた私たちですが、結婚を決意するできごとが起こります。それは私の友人のポーランド出身の女性の言葉です。彼女は18歳で出会って3日の彼と結婚し、25歳になった今でも幸せに暮らしています。そんな彼女に「台湾人の彼氏がいて、結婚したいだけど、うまくいくか分からないし、お金のこともあるし」と話すと、「え?したらいいじゃない!何を躊躇っているの?だめだったらだめな時よ~だったらやってみたらいいじゃない。」と。この時彼女の言葉がなぜかとても心に響いて早速彼に電話をして、この出来事を話しました。そして、この日私たちは結婚することを決意。付き合ってから4カ月ほどの出来事でした。

最大の難関、母の説得

 結婚を決意したものの、最大の難関が待ち受けていました。それは、母の説得です。急に娘が結婚したいと言い出し、しかも相手は外国人。すんなり受け入れてくれるはずがありません。彼に会うことすら拒否をしていました。だけど、私は会ってさえくれれば、絶対気に入るはずと自信を持っていたので、母を説得し続けました。説得すること1ヵ月、やっと会うことを了承してくれた母。そして彼と初対面。思った通り、母はこの日のために覚えた日本語で一生懸命挨拶する彼を一瞬で気に入りました。しかし、付き合うことと結婚は別!と言って、結婚には賛成してくれません。

 ここで諦めるわけにはいかない私たち。私は毎日、彼がいかにいい人か、そして台湾に行ったことのない母に台湾の魅力を伝えました。また彼も翻訳機を使って日本語に変換しては、どれだけ私と結婚したいのか、大切に思っているのかを毎日母にメッセージを送っていました。また百聞は一見に如かずということで、母を私と彼で台湾に招待し、台湾を自らの目で見て、感じてもらいました。そして説得開始から3か月、やっとお許しが出ました。そんなに真剣なら仕方がないわね、台湾もいいところだし。だめだったらすぐ日本に戻ってらっしゃい、と言ってくれ、私たちは付き合ってから8カ月後、私27歳、彼25歳の時についに入籍をしました。日本人相手ならともかく、外国人との結婚ですので、これはかなりのスピード結婚と言えるでしょう。

2017年4月、台湾に引っ越し新婚生活スタート

 入籍したものの、居留証の申請をしたり、また私はこの時すでに仕事をしていたので、仕事の都合でしばらくは遠距離婚を続け、2017年4月、やっと念願の引っ越しが完了し、ついに新婚生活がスタートしました。私は中国語が全く話せない状態で引っ越したので、大変なことも多いですが、今のところ楽しく過ごせています。

 外国人との結婚ですので、文化の違いから大変なこともたくさんあるでしょう。母の「上手くいかなかったら帰ってきなさい」の言葉も支えに頑張って生きていきます。

[参考記事]
「台湾の男女はどうやって出会って結婚しているのか」

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