世界の謎発見

メキシコ麻薬戦争の闇:麻薬撲滅を唱える者に待つ“死”という報復

序章:正義を語れば命を奪われる国

「麻薬を撲滅しよう」――この一言が、メキシコでは“死刑宣告”になる。麻薬組織と政治、警察、軍、そして市民社会が複雑に絡み合うメキシコの現実は、法と秩序の概念を根底から揺るがす。多くの善良な人々が、麻薬と暴力の連鎖を断とうと声を上げた瞬間に命を絶たれてきた。この記事では、麻薬戦争の実態、危険な告発の代償、そして希望を捨てない市民の闘いについて掘り下げていく。

第1章:麻薬カルテルという“もう一つの国家”

メキシコの主要な麻薬カルテル――シナロア・カルテル、ハリスコ新世代(CJNG)、ロス・セタスなどは、単なる犯罪組織ではない。軍隊のような装備を持ち、地域のインフラや雇用まで牛耳ることで、事実上の“影の政府”として君臨している。これらの組織は、麻薬密売のみならず、武器密輸、人身売買、恐喝、資金洗浄などの犯罪活動を通じて莫大な資金を得ており、政府関係者や警察官への買収、脅迫、暗殺を日常的に行っている。

第2章:正義の代償――声を上げた人々の最期

麻薬撲滅を掲げた政治家、検事、警察官、ジャーナリスト、そして市民運動家たち。彼らの多くが命を奪われてきた。

2010年、タマウリパス州で行方不明者の真相を追い続けた母親団体の代表が誘拐され、遺体で発見された。2017年、麻薬撲滅を公約に掲げたハリスコ州の町長候補が、選挙戦中に銃撃され死亡。2022年には、麻薬組織の汚職を内部告発した警察官が家族ごと焼き殺された。

メキシコでは2006年に麻薬戦争が本格化して以来、殺害されたジャーナリストの数は160人以上。2022年だけで15人が殺された。表現の自由が死に絶えつつある国では、“真実を語る”こと自体が死刑に等しい。

第3章:麻薬戦争の根底にある腐敗と共犯

麻薬組織がここまで力を持つ背景には、政府内部の腐敗がある。国の治安機関や軍の一部が麻薬カルテルとつながっており、摘発情報を流す、逮捕を見逃す、報復を手引きするなどの共犯関係が蔓延している。

例えば2014年、イグアラ市で43人の学生が警察と軍の協力によって拉致され、行方不明となった事件。政府は「カルテルが関与した」としたが、後に国際調査団は“国家による共犯”を示唆した。正義を訴えた若者たちが、国家に消されたこの事件は、麻薬戦争の象徴的悲劇といえる。

第4章:沈黙の支配――市民社会の崩壊

こうした暴力と報復の連鎖は、メキシコの市民を沈黙へと追い込んでいる。報復を恐れ、誰もが見て見ぬふりをする。殺人が起きても通報されず、犯罪は野放しにされる。人々は「麻薬のことには触れるな」と子どもに教え、報道機関は自主規制によりカルテルの名前すら書けない。

SNSに真実を投稿した若者が拉致され、その動画が“見せしめ”としてネット上に拡散されることもある。言論が殺され、沈黙が広がる国で、人権や民主主義は砂上の楼閣と化している。

第5章:希望を繋ぐ人々

それでも希望は完全に消えてはいない。地方都市や農村では、麻薬に依存しない産業を育てようとする取り組みや、市民による自警団の結成などが行われている。教育によって次世代に麻薬の恐ろしさを伝え、暴力に屈しない意思を育てようとする教師たちもいる。

また、一部のジャーナリストたちは国外に拠点を移しながら調査報道を続けており、国際的な支援団体と連携して真実を発信している。メキシコ出身のジャーナリストでピュリツァー賞を受賞した人物も、亡命を余儀なくされながらも、母国への関心を呼び続けている。

終章:あなたが目をそらさなければ希望は死なない

麻薬戦争の現実は、遠い異国の話ではない。日本に届くコカインやメタンフェタミンの背後には、メキシコで失われた命がある。私たちが消費する側としての責任を自覚し、メディアとして、読者として、沈黙しない姿勢を貫くことが必要だ。

正義を語ることが死を招く国で、それでも声を上げ続ける人々がいる。その声を受け止め、つなげていくこと。それこそが、麻薬戦争に立ち向かう世界市民の責任ではないだろうか。

モバイルバージョンを終了