アメリカは人種のるつぼといわれるほど、肌の色も目の色も、文化も習慣も異なる様々な人たちに出会うことできます。今までたくさんの人によって人種間の平等が唱えられ、人種で分けられた土地同士のラインは随分と薄くなりました。しかし、未だに白人街、ハーレム(黒人街)、チャイナタウン、イスラム街など、同じ人種が集団して生活している地域もたくさんあります。そして世界中で、人種差別は完全になくなっていません。
映画やニュース、音楽、多くのメディアで影響を受けながら、日本人の私は気がつかないうちに白人への憧れや尊敬は子供の頃からあり、白人主義の世界が自然と出来上がっていたように思います。しかし、私が移住をすることになったハワイでは、白人がマイノリティという、新しい世界を知ることになりました。
ハワイの歴史的背景
ハワイというのは8つの島、ニヒハウ島、コオラベ島、ラナイ島、オアフ島、モロカイ島、マウイ島、ハワイ島、カウアイ島からできていて、アメリア合衆国の中で1番最後に州となりました。歴史について振り返ればキリがないし、いくらでもインターネットでそれについては出てきますので、ここではほんの少しだけ簡単に触れておくことにします。
ハワイは日本と同じ島国で、独自のルールも文化もありました。領土を拡大して占領していくことで地位を高めていく当時の白人、イギリス人のジェームズ・クックがハワイを最初に発見したと言われています。先住民のハワイアンたちは、初めて自分たちとは異なる青白い人たち、白人種を見ることになります。
それゆえ、初めはクックを神だと勘違いしましたが、あまりの残虐さや強欲さに、彼は神ではないと疑い始め、争いはすぐに起きました。拳銃を持たないハワイアンたちは槍や斧で戦い、決して諦めませんでした。のちにクックはハワイ島で殺されます。
その後、ハワイは少しづつイギリス人からアメリカ人たちの手に替わって侵略され続け、当時のリリオカラ二女王は捕らえられ、退位せざるを得ませんでした。これはハワイアンたちの命と引き換えに、王位を放棄するよう要求されたからです。
白人たちが来たことで、たくさんの命が奪われ、独自の習慣や文化が禁止されたり、疫病が入ってきたりと、ハワイアンの血が入った住民たちは、欲深い白人が島を占領したという意識が未だに根強く残っている人たちもいます。これは先祖から受け継がれ、語り継がれていて、そのために現在のハワイでは、白人への人種差別が生まれたという背景があります。
ハワイでの白人への人種差別
例えば子供は学校で白人というだけでいじめにあったり、大人の社会でもなにか問題があったり、気に入らなかったりするとき、「やっぱりあいつはハオレ(白人)だからだ」とバカにするようなことはかなり頻繁に、日常的に耳にします。
白人ですら、自分たちのことを「どうせ俺たちはハオレだから。」と皮肉っぽく使う人もいるくらいです。ひどい場合は何か理由をつけてお店に入店させなかったりということもあります。主にハワイアンは白人のことをhaole ハオレと呼び、ハオレとはハワイ語で青白い顔、よそ者という意味で使われ、ハワイアンや他のポリネシアン、アジア系人種以外のこと=白人を指します。
何の人種差別をする気もないロコ(生粋のハワイ人)の人たちももちろんいますが、ただ単に白人を指すハワイ語としてそう呼ぶ人もいるので、こちらに滞在することがある場合には耳にすることがあるかもしれません。
人種の割合として白人はたったの約20%、アジア系が1番多い約40%を占め、あとはhapa(ハパ)と呼ばれるミックスは20%、純ハワイアンやポリネシアン系はわずか10%でヒスパニック系も同じく10%。アジア系の割合が1番多いというのはアメリカの中でハワイ州のみです。
それはサトウキビ農園のため、日本、中国、フィリピンなどからかなりの労働者が海を渡ってきたためで、今でも本当にたくさんの日系人が日本語のラストネームを持ち、その日本の姓の多さに驚くほどです。戦後、日系人への人種差別があり苦労をした世代もあったようですが、今では日本人の私も現在の日系アメリカ人も人種差別を感じることはほとんどないように思います。
ですから、マジョリティである私たちアジア人にとってハワイは、差別がなく居心地よく生活しやすい場所です。白人にとってはハワイは居心地の悪い場所とは言えないかもしれません。こんな華やかなリゾート地に思えるハワイにも悲しい暗い過去があったのも事実で、実際に移住するまで知らなかったことでした。