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離婚しても友達関係でいるカナダの元夫婦たち。その理由とは

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離婚しても友達関係でいるカナダの元夫婦たち。その理由とは

 

 別れたEX(エックス、前の妻や夫を指す)とまだ友達付き合いがある元夫婦を何組か知っています。

「昨日EXに壊れたドアを直してもらったの」
「EXとFacebookやってる」
などということを本当に身の回りでよく耳にします。

 勿論全ての離婚ケースがそうじゃないと思います。実際「二度とEXとは会わない」という人も身近にいますから。しかし、離婚してもお互いに行き来のあるケースは日本ではこれほど私の周りにはいませんでした。どうでしょうか?皆さんの周りにはこういう人たちはいますか?少ないですか?多いですか?もし自分だったらこういう関係はEXとあり得ますか?

 実際にこういう元夫婦の話を聞くとリアクションは様々です。理解不能であったり、新鮮であったり、興味が湧いたり、時には尊敬したり。当初は私自身の中の動揺はカルチャーショックなのかと思いましたが、最近は単なるカルチャーショックで済まされないもっと深いものがあるかもしれないと思い始めたのです。

 別れた後も付き合いがあるカナダ人を「外国人は恋愛に節度がない」とか「外国人はオープン過ぎる」だとかそんなシンプルな言葉で片づけられるのでしょうか?

 実際に私の知っている元夫婦のケースを挙げてみました。「もしかしてこれは究極の人間関係なのかも?」と思えるかもしれません。

<1>:離婚という事実と相手の人格を切り離す

 自分の親友の女性は離婚歴3回。。。と、ここですでに「さすが外国」と思うかもしれません。美人で賢く、おまけに性格が素晴らしい。テレビ局に勤めていた彼女の例です。

 私は1回目の夫のEXは会ったことがありませんが、2回目のEXには会いました。離婚しても「よくメールしてるのよ。この前も家の不具合を修理してくれたのよ」とまったく普通に話してました。ロマンスはもう二人の間にはないけれど、愛していることには変わりはないのだとかで「夫婦だった時と離婚後の違いは二人の愛の形が変わっただけ」と話していたことが印象に残っています。とにかく怒りが収まれば本当のプラトニックの愛が生まれたらしいのです。何でも話し合える友人のような付き合いを3度目の結婚を終えるまで、その2番目のEXとは続いていました。

 この友人を見ていると「離婚は悪ではない」と思えたのは私だけでしょうか?彼女は「離婚という事実」と「相手の人格」を別々に考えています。日本人ですと、この2つはどうしても一緒になってしまいますが、どちらが良い悪いということではないですが、文化が違えば離婚の考えまで変わってしまうのは面白いと感じました。

 ちなみに3度目のEXとはカナダとアフリカで離れてはいるもののfacebookでの交流はあるようです。

ケース<2>:子供のために最高の離婚をする

 私のカナダ人の友達が11年前に結婚しました。子供も誕生してその子供が6歳の時に離婚。当初は別居でしたが2年後離婚しました。結論から言うと、子供にとって一番何がベストかを話した結果、離婚はしても二人で子供の養育義務を共有することに決めました。これはCoparenting(共同育児)と呼ばれています。

 この夫婦は金銭面を共有するだけではなく、週末は子供と父親は一緒に過ごし、子供の学校の行事には必ず両親が出席、親子で必ずクリスマスや誕生日を祝う(子供だけでなく元夫婦それぞれの誕生日も3人で祝う)、家のペンキ塗りなどDIYは元旦那がしたりしています。夫婦のコミュニケーションは夫婦であった時以上にスムーズだといいます。

 両親が子供の幸せを考えてお互いに努力を尽くすといってもなかなかここまではできないのではないかと思うこともしばしばあります。「そんなにうまくいってるならなぜ離婚したのか?」と聞きたいくらいです。反対に子供がこの状況の判断に苦しむのではないかとも思ったりもしました。

 子供は「パパとママもいろいろあったから」と話していましたが実際の心境は判る由もありません。しかし両親の努力の甲斐あって良い子に育っているのは誰が見ても分かります。

カナダのお国柄?

 人間は感情の生き物です。離婚の最中はそれなりに二人の間には悲しみや憎しみもあったわけです。そうたやすく人間は努力だけでいくら子供のためとはいえ過去の感情を清算できるものでしょうか?

 これは「お国柄」といってしまえば十羽一からげで終わってしまいますが、ここはあえて小さいころから培われた国民性を考慮したいと思います。カナダもUSAや諸外国同様「家より個人」「個性尊重」を重んじる国です。「あなたは悪い人じゃないけど私とは上手くいかない」「夫(妻)としてはダメだけど、一人の人間としては尊敬できるし認めることもできる」というわけです。個性や個人の権限を尊重することを教えられて育った国民だからできることかもしれません。

 「I love you, but I should leave you(私はあなたを愛しています、しかし、私はあなたのもとを去らなければなりません)」とは日本人にはずるいとしか聞こえない言葉を普通に有効的に使えてる国民性でもあるのです。これはケース<2>のカップルが実際に言った言葉です。離婚は結果であって墓場ではないということです。

別れ方がその後を決める!!??

 ケース<2>の夫婦の場合は上手く別れたケースかもしれません。弁護士を立てて協定も決めました。泥沼試合の結末ではなかったのは事実です。たまたまでしょうか?違うと思います。いかに深手を負わないうちに次の人生のために冷静に話し合えたようです。ひたすら子供のことと、今後の二人にとってベストのことを優先したように思います。「I love you」を情熱的にいう国民かと思えば引き際もスマートな割り切りの早さでも日本人と違うところでしょう。

 以上の2例は私の知っている一部ですが特にそばから見ていても考えさせられるケースです。

 日本の大和魂は「けじめをつける」とか、いさぎよさを尊ばれ、しかも集団主義(家)です。別れたらもう他人という結論にたどり着くように思います。「再婚した新しい家族に迷惑がかかるから」と。こちらカナダでは相手のことを尊敬をしながらも自分のことも大切にするということが重視されます。考え方が違うといえばそれまでですが、お互いに参考になることもあるのではないでしょうか?

 離婚をしても友達でいることが正しいか正しくないかではなく、それによって次の新しい自分の人生がどれだけベターになるかどうかで決めたらいいと思います。離婚したEXは全て敵になる必要はないのかもしれないということです。

[参考記事]
「カナダ人はなぜ愛国心が強いのか。日本人の愛国心との比較」

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